獲得賞金8億円!ボート界の「グレートマザー」 日高逸子
獲得賞金8億円!ボート界の「グレートマザー」 日高逸子
生涯獲得賞金は約8億円。「初代女王を目指す! ティアラをかぶってマントも着たい」と臨んだ先週の第1回賞金女王決定戦でも優出を果たすなど、50歳を過ぎてもなお第一線で活躍するボートレース界の「グレートマザー」だ。
57歳で引退した古川美千代選手が目標で「その年齢を超えたい」。「ヨガをレース中も宿舎で毎日やり、プライベートでもスタジオに行っている。ヨガスタジオは現在2カ所で1つはホットヨガ。最長は90分」とベスト体重の維持に余念がない。
プロ入り当初は苦労もあった。「下手だったので、人よりたくさんボートに乗って練習した。一人でボートに乗りに行ったことも」と振り返る。
印象深いレースは、G1初優勝を飾った2005年の女子王座戦。当時最年長となる43歳での女子王座となった。山川美由紀選手が今年45歳で更新しており、来年以降に最年長記録を奪還したいところだ。
同じ年の夫は専業主夫で、高校生と中学生の娘がいる。「家にいるより、レースに行ったり、出掛けたりすることの多い私ですが、文句も言わず協力してくれる 家族に感謝しております。この家族が見守ってくれているから、仕事も頑張れます。貴方たちのためにまだまだ頑張ろうと思います」。家庭でもかっこいい「グ レートマザー」だ。
■日高逸子(ひだか・いつこ)1961年生まれ。現住所は福岡県。85年、初出走。87年、初優勝。2005年、G1初優勝。155センチ、49キロ。
Q.ボートレーサーになるきっかけは?
「東京にいる時にテレビコマーシャルを見たのがきっかけ。それまで宮崎に住んでいたので、ボートレースを見たことも聞いたこともなかった」
Q.これまでのスポーツ歴は?
「いろいろかじってたけど、長続きせず…」
Q.養成所の思い出は?
「同期が現地訓練で顔に大ケガしたこと。それを見て、真剣にやめようと思った」
Q.プロになってから苦労したことは?
「選手持ちペラ制度のとき、プロペラの整備に苦労し、全くエンジンがでなくて、B級に落ちた。いろいろな方に助けてもらった」
Q.目標は?
「舟券にからむこと」
Q.女子レーサーとしての苦労は?
「記念レースに斡旋されると、52人中、女1人ということもある。この逆だったら、男子レーサーは耐えられないかも?」
Q.ボートレースの魅力は?
「年齢、性別関係なく、同じ土俵で戦える点」
Q.オフの過ごし方?
「ヨガ、料理(ケーキ)教室、イプラスジム(ビジョン、メンタルトレーニング)」
Q.趣味・特技は?
「趣味はヨガ。ハードなヨガとホットヨガの2カ所のスタジオ通い。特技はケーキ、パン作り」
Q.好きな食べ物と嫌いな食べ物は?
「野菜が好きです。でも、何でも好きです。最中や羊羹は、イマイチ好きではない」
Q.プライベートの服装は?
「カジュアル、ジーンズ。ラフな服」
Q.チャームポイントは?
「鼻」
Q.レースの移動や旅の必需品は?
「レース→ミニTV(たくさん録画したのを見る)。プライベート→ipad (ブログのため)」
Q.ボートレースを見たことはない人へ
「男も女も関係なく、年齢も関係なく、水上で戦っております。こんな競技は他ではありえません。ぜひ、ボートレース場に足を運んで、生のボートレースを見てください」
Q.みんなにメッセージを
「Twitter、Facebookにブログ(「私は あきらめない」http://ameblo.jp/kanko3188/)をやっております。年をとってから、パソコンなどにさわり始めました。いろいろ人生を楽しんでいきたいと思っております」
SG初優出、強豪女子レーサーは“大家族” 寺田千恵
SG初優出、強豪女子レーサーは“大家族” 寺田千恵
2001年6月、最上位に格付けされるSGレースの優勝戦に女性で初めて進出した。有利とされる1号艇の出走となり、女性SG覇者の誕生が期待されたが結果は5着。それでも観客席からは大歓声と惜しみない拍手が送られたという。
ボートレースでは男女が同じステージで争う混合戦も多い。直線では体重の軽い女子の方が伸びるものの、コーナーでは弾き出されてしまうため不利となる。強豪が集まるSGで女子レーサーが優勝戦に残ったことは快挙だった。
幼い頃、北九州市の若松ボートレース場の近くに住んでいたこともあり、父親の勧めでボートレーサーを目指したという。小学4~6年に経験した空手、中高の軟式テニスで得た下半身の安定感がボートの安定感につながっているそうだ。
「冬は寒くカポック(救命胴衣)に氷が付くのを割りながら乗艇した」という本栖研修所(ボートレーサー養成所「やまと学校」)を卒業後、プロデビュー5走目で初勝利を飾るなど当初から注目を集めた。現在もファン投票で選出される笹川賞をはじめSGレースの常連である。
今年初開催となった賞金女王決定戦にも選出され、「出場するからには最後まで優勝を目指す」と意気込んでいた。
夫、父、母、長女、義弟、義妹、甥の8人家族。「みんなが笑って暮らせるくれるように」と家族への思いを語る。
「すごくかっこいいレースができるわけじゃないですが、ファンに楽しんでいただけるレースを心掛けて走っています。お金もですが、応援の方も忘れずにお願いします」とアピールした。
■寺田千恵(てらだ・ちえ) 1969年生まれ。89年、初出走。94年、宮島で初優勝。2007年、GI初優勝。夫はボートレーサーの立間充宏選手。157センチ、45キロ。
Q.プロになるまでに苦労したことは?
「体力がないし、体重が足りなかったので増量が苦しかった」
Q.プロになってから苦労したことは?
「プレッシャーが重たく感じたとき、プレッシャーは人の思いや期待で、自分を応援してくれているものだと思えるようになったら楽になりました」
Q.目標は?
「少しでもファンの方に、レースを見て良かったと思ってもらえる様なレーサーになりたい」
Q.女子レーサーとしての苦労は?
「まだまだ、女性用の施設が充実してないこと」
Q.目標のレーサーは?
「瓜生選手。レーサーとしても人としても、器の大きさを感じます」
Q.ボートレースの魅力は?
「何があるか分からないところ」
Q.ベスト体重の保ち方は?
「毎日体重を量って、一定を保つこと。少し重くなりすぎると、嵐の曲を聞きながら有酸素運動をすること。人には見せられませんが」
Q.オフの過ごし方?
「主人とゴルフです」
Q.好きな食べ物と嫌いな食べ物は?
「茶碗蒸しが好きで、ゴーヤが嫌いです」
Q.プライベートの服装は?
「最近はスカートをよくはきます」
Q.レースの移動や旅の必需品は?
「仕事→マスクと飲み物を入れるポット(ホットを入れる)。プライベート→薬(自分にあったもの)」
Q.ボートレースを見たことはない人へ
「私は気持ちを入れて最後まで走っていますので、最後まで見てください」
イケメン&可愛い子が多いですよ 香川素子
イケメン&可愛い子が多いですよ 香川素子
獲得賞金上位12人が選出される第1回賞金女王決定戦(13~16日、長崎・ボートレース大村)のメンバーに入った。「特別な気負いはないがうれし い。出場するからには優勝目指して頑張ります」と抱負を話す。11月に大村での女子リーグ戦で3年ぶりに優勝するなど上り調子だ。
デビューから8年3カ月目に鳴門で初優勝。一番不利とされる最アウトの6コースから優勝したことで今でも一番印象に残るレースとなった。
プロ入り後はフライングが多くB2級に降格したことも。「フライングが多かった時期は、6コースばかりでレースをしたので、内側を冷静に見れるようになったが、まだまだ克服できません」と苦労を語る。
チャームポイントは「昔は八重歯」、プライベートの服装は「シンプルかつ女っぽい」という女子レーサーは中1と小4になる男の子の母親でもある。「子供たちも応援してくれるので頑張れます」と笑顔を見せる。
「最近はイケメンや可愛い子が多くいるので一度見に来てください」と来場を呼びかけ、「6コースの3連対率(3着までに入る確率)がハンパないので、6コースからでも100円ぐらい買ってみてください」とアピールした。(産経デジタル)
■香川素子(かがわ・もとこ) 1977年生まれ。現住所は京都府。97年、初出走。2005年、鳴門で初優勝。157センチ、47キロ。
Q.ボートレーサーになるきっかけは?
「父が田中信一郎選手の父と知り合いで、父に勧められて」
Q.これまでのスポーツ歴は?
「中、高とソフトボール。高校は市立大会、優勝」
Q.その経験はどう生かされている?
「ソフトボールで反射神経や動体視力が養われた?」
Q.養成所の思い出は?
「教官に3時間怒られたこと」
Q.目標は?
「まずは、女子王座優勝」
Q.女子レーサーとしての苦労は?
「女子は体重が軽いので、エンジンが良く出る人が多い」
Q.目標のレーサーは?
「やっぱり横西奏恵選手。上手い。スタートも早い。度胸がハンパない」
Q.ボートレースの魅力は?
「エンジン音とスピード」
Q.ベスト体重の保ち方は?
「食べる量を減らす」
Q.オフの過ごし方?
「子供の野球の手伝い、ショッピング、ゲーム」
Q.趣味・特技は?
「旅行。今年は、韓国とグアムに行きました。ショッピングを楽しみます」
Q.好きな食べ物と嫌いな食べ物は?
「好き→ポテチ(コンソメ)、果物(イチゴ、マンゴー)。嫌い→カニ、エビ、スイカ、メロン」
Q.レースの移動や旅の必需品は?
「枕とマット。プライベートは着圧靴下」
師匠とともに水神祭“ミニマム”レーサー 樋口由加里
師匠とともに水神祭“ミニマム”レーサー 樋口由加里
高校時代に所属したバスケット部の同期が女子王座を2連覇した強豪、田口節子選手の妹だった。「存在を知ったのがちょうど進路を決める時期だったので(ボートレーサー養成所の)やまと学校の試験を受けてみた」という。
現在、田口選手を師匠と仰ぎ、「強い。上手い。頼りになる」と全幅の信頼を寄せている。初勝利を飾ったレースでは、お祝いの“水神祭”でそろって水面に投げ込まれた。
規律が厳しいことで知られるやまと学校だが、「良い同期、良い教官に恵まれて、本当に102期で良かった」と振り返る。「日曜日の昼食にキムチ鍋が出て、歩けなくなるぐらい、いっぱい食べたこと。試験の後のお菓子パーティー。良い仲間だからすべてが良い思い出です」
チャームポイントは「身長が低いところ」。小柄な選手が多い女子ーレーサーの中でもとくに小さい。「みんなではないと思うけれど、カポック(救命胴衣)が大きくて動きにくい」と苦労を語る。
長い休みがあると旅に出る。「キレイな海を泳ぐのが好きで、ちょっと前には石垣島にダイビングのライセンスを取りに行った」という行動派だ。
「私の周りには素晴らしい方ばかりがいて、たくさんの方に支えられてきました。そのお世話になっている方々に恩返しができるような良いレースをしたいと 思っています。まだまだ未熟ですが、もっと力をつけて活躍できるように頑張ります!!」とアピールした。(産経デジタル)
■樋口由加里(ひぐち・ゆかり) 1988年生まれ。現住所は岡山県。2008年、初出走。11年、初優勝。143センチ、43キロ。
Q.これまでのスポーツ歴は?
「中学1年からバスケットボールをはじめ、ポジションはガード」
Q.その経験はどう生かされている?
「忍耐力、精神力」
Q.プロになるまでに苦労したことは?
「入学試験の学科試験。頭の良い友人に教わった」
Q.印象深いレースは?
「鳴門の初優勝と桐生の優勝できたレース。やっぱり嬉しい」
Q.プロになってから苦労したことは?
「旋回力、判断力のなさ。まだ克服できていないので、練習中です」
Q.目標は?
「力をつけて、早くA1になること」
Q.ボートレースの魅力は?
「スピード感。みんな、いろいろな思いをもって走っているところ」
Q.好きな食べ物と嫌いな食べ物は?
「嫌いな食べ物はあまりなく、なんでも食べます」
Q.プライベートの服装は?
「カジュアルな感じ」
Q.レースの移動や旅の必需品は?
「プライベートは携帯、カメラ」
Q.ボートレースを見たことはない人へ
「近くで見ると、音やスピード、すごく迫力があると思うので、ボートレースを見るなら、ぜひ水面の近くで見てほしいです」